先祖のこと

 



昨年、はとこ(祖母妹の孫)の定住ビザ取得のため、祖母ベースの戸籍の準備した。その時に今まで知らなかった祖母姉妹、その詳細、そして曽祖父母の戸籍があった場所、結婚しどこへ移住したかを知ることになった私は好奇心に駆られ自身の祖先を調べ始めた。同時期に祖父従姉妹が祖父側の家族、祖先の名を記した家系図を送って欲しいとの要望があり、そのついでに祖母側の祖先も調べてみることにしたのだ。

先祖の追跡はネットやAIの発達時代ででは至極簡単だった。


我が家の苗字からして農民または水呑百姓であることは間違いないであろうと思っていた。が、しかし、実は祖父母の両方の先祖を辿ると両方とも武家→大庄屋、豪商だったらしい。

ウィキペディアにはどちらの名前も載っている。なんなら大河ドラマの登場人物でもあった。


へえ。

調べた資料にはこんな感じで書かれていた「この地に根を下ろした◯◯家は◯◯◯◯の子で合戦で負けた後、住んでいた村の名前を使い氏を変え、その逃げた地ゆかりの人間を頼り、そこに住み、大庄屋として名を馳せた」


へえ。ほお。


名字帯刀を許されていた大庄屋。そして政策とはいえ、藩に武士への取り立てを受けたらしい。その地は松平家の支配地。祖母姉妹の誰かから聞いた「松平の殿様に剣術を教えた。」はあながち妄想ではなさそうだ。


その地には今でも〇〇◯家住宅としての残り、国の重要文化財として今もその姿を残している。


ほおお。へええ。


博打ばかりですっからかんと聞いていた曽祖父、実は実家がすげえ人だった。




祖母の母、曽祖母の実家は元々その地域の大庄屋だったらしく、当時では珍しく学校に通うことができ、通学は人力車。曽祖父との結婚は女中さんと一緒に嫁いだらしい。


大庄屋の出の曽祖父。このええとこの坊ちゃん、相当のボンクラで、このじじぃ…もとい曽祖父のバカち…(遺憾、暴言が止まらん)とにかく一族に1人は必ずといっていいほど居る財産溶かし系男子である。


博打で両家の財産を食い尽くし、ええとこのお嬢さんであった曽祖母、祖母は一瞬で極貧生活を強いられた。曽祖父が継いだであろう先祖代々の品々は博打を打つための金銭に変えられていった。債権者から逃れるため夫と子供達を連れ嫁ぎ先の家を後にし海を渡り、その先の地で田畑を耕しその日暮らしをしていた。それでも曽祖父の博打は止まらない。祖母の下に兄弟は生まれ、ますます金と食べ物がいる。祖母は田畑の手伝いと下の兄弟の子守りで泣く泣く勉学を諦め、中学行きを断念し家の手伝いをしていた。そして夜になると祖母は博打で見ぐるみを剥がされた曽祖父を迎えに片道40分の夜道を歩いた。


物心がついた時にはすでに痴呆になっていた曽祖母は私が小学生の時に亡くなった。曽祖母が祖母妹家族と暮らす家に遊びに行くと、私が誰だかほとんどわかっていなかったけど、晩年は終始穏やかな顔をしており、娘家族たち、私たち、そのた親戚に囲まれ、眠るように穏やかに旅立っていった。


債権者から逃れ、戦火を生き延び、子を立派に育て上げた曽祖母。布団の上で横たわり、みんなに泣きながら呼びかけられた彼女人生の最後はきっと幸せだったに違いない。



※曽祖父に関しては親戚の皆からの証言をもとに書いたので大体こんな感じになった。曽祖父の良いところを知っている人もいると思うが、私は未だ出会ったことがない。出会いたいにしても既に皆空の上にいると思われる。














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